生きているだけで…

みんな、みんな、毎日生きている。
うれしいことや悲しいこと。
感謝する気持ちや、不安な気持ち。
不平や不満があって当然。
それでも、
生きているんだもん。
色んな気持ちがあって当たり前。
生きてるだけで丸儲け。
例え見えなくなっても、身体の不調で起き上がれない日がきても、最期の時まで、きらっと輝いていたい。
一等星じゃなくていい。あたしなりの自分に見合った輝きで…。

みんな、みんな、毎日生きている。
うれしいことや悲しいこと。
感謝する気持ちや、不安な気持ち。
不平や不満があって当然。
それでも、
生きているんだもん。
色んな気持ちがあって当たり前。
生きてるだけで丸儲け。
例え見えなくなっても、身体の不調で起き上がれない日がきても、最期の時まで、きらっと輝いていたい。
一等星じゃなくていい。あたしなりの自分に見合った輝きで…。

網膜色素変性症は、国の特定疾患に指定された難病です。
東京都では、この病気に認定されると、医療費が助成されます。
収入により自己負担金が発生しますが、そのほかにもあたしは、障害者認定もされているので(1種2級)
医療費の助成の他、日常生活補装具などの貸与や、購入費用が助成されるとてもありがたい制度です。
白杖なども助成の対象となりますが、あたしは、過去1度だけ、遮光レンズの購入の時に助成を受けました。収入制限があるので、フレーム込みで8万円のうち約1万円の助成金がおりたと思います。(今は法改正があり住んでいる地域によりちがうと思います。)
手続きが大変だと思いましたが、それはさておき、その時、対応した役所の職員さんの心ないひとことに、もう二度と行きたくないと思ったものです。
あまりにも蔑まれた言葉だったので、涙がぽろぽろ…
『八万円もする眼鏡作るなんてあなたいったいどんなオプションつけたんですか!!あなたに助成するのは一万円位ですよ!八万円もする眼鏡作ったってそんなに出ないの知ってるんですか??』と。
どうしちゃったんでしょうね…この職員さん。
あまりにも酷い言い方だったので、その場で何だか情けなくなって泣いてしまいました。
あたしは、お金がなくて行った訳ではありません。
ドクターや、眼鏡やさんに教えていただいて、正規の手続きをし、ありがたい制度だなと思っただけで金額なんてどうでもよかったんです。
その後は
もう行きたくない…と思い、カレと眼鏡屋さんに対応してもらいました。
その職員さんは、すぐに移動になりましたが、あまりのショックで、もう行かないって感じです。
自力で働けるうちは、自力で買います。
さて、
今日は、その特定疾患の更新手続きに診断書が必要なので、書類を書いてもらうために眼科を受診しました。
視力も視野も、この数年でかなり落ちましたが、この一年の変化はなし。
先生のいつもの第一声。
『何か困ったことはないかなぁ』
この言葉を聞くとあたたかい気持ちになります。
あたし。『う〜ん…あんまりないですょ。もうこの見え方に慣れちゃっているので、そんなに問題ないです♪』
『書類書いたから、また、困ったことあったらいつでもおいで』
この一言にあたしは救われてきました。
先生ありがとう。また、行きます。
何せあたし、先生のおっかけですからっ♪♪
帰り道、遅めのランチ。
チキンのグリルです。
グラスワインは赤。
う〜ん…
食事はまずまず。ワインは、いまいち。
でも、久しぶりにこんなにしっかり食べました。
さて、お家で飲み直しますか…。また、ひとり。
実は昨夜(夜中)、カレは北海道から戻りました。
で、明け方、また今度は三重県に行ってしまいました。。。
片道6時間かかるけど、家になるべく帰りたいから、日帰りで帰ると言って出ていきました。
身体大丈夫??なのかな。
とっても心配です。


今朝の朝顔です。
あんぱん家から嫁いだ、我が家の朝顔たち。
立派な葉っぱでしょ♪
びっくりです!!
蔓の伸びるタイプのほうは、大きな鉢に、豪華に咲かせたくて植えましたが、もう少し間引いたほうがよかったかも…。
途中で、寒かったり、葉っぱが虫に食べられたりで、とっても心配でしたが、こんなにふさふさ生えてきて、うれしい限りですo(^-^)o
朝顔市で買ってきた鉢植えの朝顔みたいね!と、母がしきりに感動しています。
元気に育っていますょ!!
今週は、カレがいないので、毎日朝から、大忙しです。
1番大変なのは、通勤…。
あたしとカレの職場は偶然とても近い為、いつも朝は車で一緒に通勤していますが、カレがいないときは、朝から通勤ラッシュの中央線に乗ります。
殺人的な混み方なんですょ…(*_*)
気を使うのは、ホームに降りてから。
誰かとぶつかったりして、相手にケガでもさせてしまったら…とか、朝から気持ちがピーンと張り詰めた状態です。
だから、とりあえず降りてから、はじのほうに少しよけて、しばらくして周りに誰もいなくなってから、行動するようにしています。
そんな風な朝なので、もう、初日の朝から疲れきっています。
帰りも結構混んでいるし…
ふぅ…って感じです。
7月始めまで、
がんばらなくちゃ(o^-^)o

今日から、7月始めの週まで、カレ出張で、いません。
国内なのですが、転々とあちこち行くらしいので、家に帰ってこれません。。。
あ゛〜!!
困った…。
いてくれないと、やっぱり大変なのです。
夕べなんか、あまりのストレスからか、遅刻する夢を何度も見てしまいました…。
寝不足です(>_<)
早く、帰ってきてね。(涙)
でも、出張が多い仕事。
色々なところに行けて、ちょっと羨ましいな。
カレが現役で仕事をしている間は、忙しくてのんびり旅行も行けないけど、リタイアしたら、一緒に色々なところを旅したいな。
ふたりでのんびり。
例え、その頃、あたしの目が見えていなくても…。
きっとそれなりの楽しみ方が出来ると思うんですょ。
見えていればなお、ラッキー( ^^)Y☆Y(^^ )
それまでは、ふたりとも、頑張って働きますょo(^-^)o
それが、あたしの楽しみのひとつです♪♪
網膜色素変性症と診断された当時の数年間、あたしは、『見えるうちに』と色々なことに焦り、苦しみ、もがきながら、遊びほうけていました。
楽しいことは、今のうちにしておかなくちゃ!
見えなくなってからじゃ遅いっていうことを理由に、周りを省みず、好き勝手に遊びほうけて…。
そして、彼氏を取っ替え引っ替え、アクセサリーを付け替えるくらいの気持ちで、遊びによって取り替えて。
酷い生活でした。
そんな時、出会ったのが、今のカレです。
今の生活からは、想像出来ません。
今は何故か、『見えるうちに』と考えることが少なくなりました。
どうしてかわからないけど、例え見えなくなったとしても、いろんなことにチャレンジできそうな気がしてるんです。
旅行も、行きたい時に行きたい場所に行けばいい。見えてるうちに…なんて考えず。
そう思えるようになってから、気持ちが軽く、楽しいこともゆっくり焦らず、楽しめるようになりました。
カレのお陰です。
今日も今まで残業でした。
残業続きの暗い帰り道。
ゆっくりゆっくり、すり足歩行。暗いと…やっぱり怖い。
だけど、人混みではなかなかゆっくり歩く訳にも行かず、
それでも何とか、点字ブロックの黄色を眼で確認しながら歩いていて。
昨日は帰るのを急いでました。
朝から何となく、心臓ばくばくで立ちくらみ。
それも、時々チカチカ、目の前が真っ白くなる…。
貧血…。
これは、一生付き合っていかねば。
血圧もやっぱり低い。
早く帰ろうと思っていつもよりちょっと焦ってた。
急ぎ足が失敗でした。
ガツっ
横断歩道を渡りきったところで、車止めのサクに見事激突し、転んでしまい、膝から流血(ノ_・。)…。
痛いのと、恥ずかしいのと、情けないのと、複雑な気持ちのまま、ブルーな気持ちを引きずっています。
最近、こういうことが増えました…。
暗い道。
馴れている道でも、こういうことがあるのだと思うと…
何とも言えない気持ちになります。
かなり滅入っています。

あたしは、RPと、SLE以外にも、もともと血液の病気があるので、
貧血に傾きやすい体質です。
いくら安定しても、貧血検査をすると正常値の半分位にしかならない項目がいくつかあります。
忙しいとなかなかゆっくり眠る時間がない分、体力が落ちてきます。
どうやらそういう時は、貧血も強くなるようで、免疫機能も落ちて、風邪が長引いたりして、咳が続き、かなり辛い思いをしました。
先週末、採血をしたら貧血がかなり進んでいて、我ながらビックリ!
はぁ…
どおりで、ダルダルモード。
やることは沢山で山積み…。
からだがふたつ欲しい。
コピーロボットでもいいんだけどな。
どなたか作って下さいませんか???コピーロボット。(笑)
今日も、先週同様、ケアマネ更新研修で茗荷谷まで。
朝はカレに車で送ってもらい研修会場前で降ろしてもらい、助かりました♪
帰りはカレ、仕事の為、自力で電車で帰ります。
そうそう!
ぺんさんが、先週コメントして下さった茗荷谷駅前の洋食屋さん『バンビ』
すぐに発見!!懐かしい画像でしょうか。
画像アップしてみました〜♪
ぺんさんのブログのコメントにも載せましたが、
JRPS東京支部たよりが、昨日届きました。
以前、東京での、医療講演の内容の件を話題にしましたが、
その講演の講演記録集『網膜色素変性症克服への道』ができたようです。
内容は、
和田裕子先生『網膜色素変性症における遺伝子解析の役割と疫学研究』
池田康博先生『網膜色素変性症に対する遺伝子治療~臨床応用を目指した取り組み』
高橋正代先生『網膜再生医療の進歩』
パネルディスカッション
以上の3人の先生と小口芳久先生 『網膜色素変性症克服への道』です。
この医療講演でお話をされた4名の先生方は、網膜の研究では、とても有名な先生方で、あたしは、この講演をとても楽しみに聴きに行きました。
とても良い内容でしたので、ここにも載せます。
墨字、テープ、デージー版があり、6月15日から発送するそうです。
会員800円、非会員1000円、送料、手数料別途。
送り先住所、氏名、会員・非会員の別、墨字・テープ・デージーの別を連絡。
担当者E-mail yasu@ttvne.jp 有松 靖温様です。
その病院は、ロービジョン外来を持っていました。
予約を取って、受診。
まず、午前中は、ソーシャルワーカーさんとお話。
今、困っていることの相談や、障害福祉制度の説明などを受けました。
その後、午後になり診察。
あまりにもゆっくり対応して下さるので、びっくりでした。
色々な、検査を受けて、いよいよ診察。
眼の状態や、RPについて、先生から、ゆっくり説明していただきました。
たくさん話しを聞いてもらった一日でした。
先生の第一声は、『今、何か困ってることあるかな?』で、
最後は、『また、何か困ったことあったらいつでもおいで』です。
これは、今でも変わりません。
あたしは、真面目な患者ではないので、
本当に何か困らないと受診しません。
だから、先生を訪ねる時は、何かがあった時。
最初の受診のきっかけは、離婚でした。
病気を理由に、あたしが元夫に離婚を迫った訳なので、
きちんと自分自身が病を理解するために。
そして、
今回の結婚の時は、カレを連れて、
その時のあたしの眼の状態や、これから先のことを先生から
カレに説明してもらいたくて。
先生は、『いいの?遺伝を含めて全部話して』と。
あたしは、『もちろん』とだけ。
カレの先生に対しての印象もあたしと同じでした。
この先生に、『問題ない、大丈夫だよ』って言ってもらえたら、
精神的に大丈夫じゃない時でも、大丈夫になれそうっだていう・・・。
先生は、去年その病院を退職して、クリニックを開業されました。
去年、特定疾患の書類を書いてもらうため受診した時に退職の話しをお聞きして、名刺をいただきました。
クリニックなので、ソーシャルワーカーさんとの相談は出来ませんし、
白内障などのオペになればも紹介になってしまうと思いますが、
きちんとした検査も出来るし、ORT(視能訓練士)さんもいます。
昨日のように、ゲーゲー吐き気が止まらない程の辛さの後は、やっぱり先生じゃなくちゃ!
そんな思いで初めてクリニックを受診しました。
先生とお会いするのは久しぶりでした。
先生の今日の第一声は、
『あれ?!どっかで見たことある子だ。』でした(笑)
その後、
ORTさんを呼んで、
『この子、知ってる??テンシン病院の看護婦さんなんだけど』
先生、オシイ!病院違います。(笑)(・・・しかも今は、テンシン病院なんて言わず、NTT)
『で、JR病院は今、眼科誰がいるっけ 』
だから、先生それも似てるけどちがう!(爆)
(あたしの勤務しているのは、NTT病院でも、JR病院でもありませんョ♪)
みたいなやりとりの後、結局、視神経の色もいいし、眼圧も正常。
仕事のしすぎだなってことで、異常なし。
『昨日は吐き気が強くて、トイレとお友達でした』というと、
『あんまりいい友達じゃないねぇ。友達には、なりたくないよなぁ。。。
可哀相に。』って。
先生は、いつも、辛かったことをはなすと、『可哀相に』と言ってくれます。
そのひとことで救われます。
あたしは、この一言に、どんなに助けられたか。。。
結局、今の眼鏡の乱視の度数がかなりキツイということもあり、
眼鏡合わせをして、サンコバ点眼薬を処方してもらい帰ってきました。
『また、きま~す♪♪』
『いつでもおいで。』
今日は、そんな訳で、安心感たっぷりで、笑顔に戻れて帰宅できました。
でも…
先生いいかげんにあたしの勤務先、覚えてf^_^;
結構、メジャーな病院なんですけど(笑)
それから先生、あと30年頑張って眼科の先生して下さい。
そうしたら、先生は90才を超えてしまいますが、
日野原先生のように、どうかお元気で。
疲れがたまって…
1番ダメージが強いのが、やっぱり眼。
どのくらい前からかな…。覚えてないけど、たぶん大人になる前から。
眼が疲れて、ぎゅーっとつぶって、手でコメカミを押さえて。
だんだん頭が痛くなって、涙が出てきて。
どんどん痛くなって、我慢出来なくなると、気持ちが悪くなる…。
こうなるともう、トイレとお友達。
気持ち悪くて、ゲーゲー吐きながら、1時間以上トイレから出られなくなる。
昨日が、そんな日でした。
網膜色素変性症と診断される前までは、どうしてこんなに
気持ち悪くなるのかわからなくて、
特にいいお天気で、気持ちよくバーベキューなんかに出掛けると、
帰り道から、そんな感じで…。
心の中で『使えねー身体』なんて、思ってました。
この病気と診断された時、今までの、この症状の原因が判って
何となくすっきりしたのを覚えています。
最近、仕事もPC作業が多いし、とにかく見えにくいことで、
一生懸命見ようとして、眼を酷使してるから、
昨日は、悲鳴をあげてしまったようです。
流石にこうなると、眼圧が気になって、たぶん異常がないことが
わかっていながらも、眼科に行こう!!と決心。
今日は、午後から半休をとって、眼科受診しました。
そうだ!やっぱりこういう時は、Y先生のところ。
診断がついて、7年。
以前、このブログにも書きましたが、あたしは皮肉なことに、
眼科外来に移動なった時に、暗幕の中でつまずいたりして、
働きにくいことに気付き、診断されました。
最初に診断してくれた先生は、一緒に仕事をしていた
角膜専門の眼科医で、大学で角膜外来をしていました。
その先生からの紹介でJRPSも知ったし、網膜専門の先生も紹介していただきました。
あれから7年。
今、診ていただいているY先生に出会ったのは、
JRPS東京支部が発足した時の記念講演でした。
先生は、網膜疾患の研究の第一人者で、
講演の内容はロービジョン患者のQOLの維持に対してのお話でしたが
とても温かい印象。
あたしは、しばらくして先生のいる病院を訪ねました。
それは、あたしが、最初の結婚にピリオドを打った時のことでした。
病気のことをきちんと自分に納得させたくて、
あの先生に会いたくて。
ここのところ、めちゃめちゃ忙しい毎日。
体調も調わず、自己管理できてません。
昨日、研修会から帰ってから、眼の痛みと、頭痛と吐き気が酷く、今日になっても眼の痛みが治まらないので、これから眼科受診してきます。
コメントのお返事、書けてません。
また、あらためてゆっくり書きますm(__)m

咳…。
連休中から出始めて、
なかなか止まりません。
昨日、職場の呼吸器科のDrに山ほどお薬をいただきました。
ステロイド剤も増量。
こういう時は、膠原病の症状が悪化して出てきます。
夕べは、咳は落ち着いたものの…
関節が痛くて眠れませんでした。
今朝から、口内炎と胃の痛みで(T_T)薬が飲めません…
ポンコツな身体…(>_<)
もう慣れたけど、なかなかお休み出来ないのは、ツライです。
明日から合計7日間の、
介護支援専門員(ケアマネージャー)の資格を更新するための研修があります。ケアマネの質の低下を防ぐ為に最近出来た研修のようです。
五年に一度、更新時期には必ず受けなくてはならなくなって…。
その、五年に一度の更新が今年のしかも、今。
朝から晩までびっしりお勉強です。(寝てしまいそう…。)
はぁ…
体力ない時に限ってスケジュールが詰まってるんだもん。
今回たまたま、色々なことが重なってしまいました。どれもこれも、
この時期を逃せないものなので、優先順位をつけながら、全てを期間内で終わらせないと。
ところで、話は変わりますが昨夜、
『余命1ヶ月の花嫁』というテレビ放送がありました。本も出版されていますね。
観ていて…
色々色々思い出してしまい、涙涙でした…。
特に、彼とのメールのやり取り。
当時のあたしと、当時の彼とのことを被せてしまい、今、生きている意味を再度、考えています。
あたしの闘病期間中、その彼はスポーツ選手としてのプロの生活を捨てました。
あたしは、今、生きています。
ひとりだけの身体じゃない。だから、頑張れます。
まだまだ元気に頑張らなくちゃ!!
身体が資本。
あたしが元気じゃなきゃ、みんなの元気がでないから。
笑顔でいよう!!

今日は、朝から激しい雨…。
ゴールデンウイーク初日なのに…。
午前中は、
カレの友達のお家を訪問。出産のお祝いで、仲の良い家族が集まりました。
3月に産まれ、やっと訪問できました。
目鼻立ちの整ったイケメンの男の子でした。
かわいい〜♪♪
手足、ちっちゃ〜い♪♪
午後からやっとお天気回復。
帰り道、
久しぶりに成城でショッピング。
美味しそうなワインを物色し、普段使いのワイングラスも選び、満足♪♪
ワインと食材だけのお買い物で、
二万円強使ってしまいました…(>_<)
今夜は焼肉で〜す♪♪
家に帰って、郵便受けを覗くと、あんぱんさんからのお便りと、朝顔の種が届いていました。
富山からやってきた、蔓が伸びないタイプの珍しい朝顔。
今年の夏は、楽しみがひとつ増えました♪♪
あんぱんさんとは、このブログを通してお友達になりました。
いつも、コメントいただいている皆さまからも、たくさんの力をいただいています。
同じ思いを持っているたくさんのお友達が増えたこと、本当にしあわせです。
同じ空の下で、それぞれの思いを持って、みんな頑張っています。
あたしたちは、星は、一等星を見るのがやっとだけど(全く見えない方もいます)、
流れ星も見れないけど、
星の彼方にある何かを想像することは出来ます。
見えにくい世界で、イメージする外の世界。
不安がいっぱいだけど、
キラッと輝く自分だけの何かを探して生きていきたいとあたしは思っています。
明日は、一日何にも予定がありません。
ホームセンターに行って、のんびり、土いじりしたいです。
明日は晴れそうです♪♪
明日から、やっと・・・
お休みです。
カレンダー通りのお休みなので、7日から出勤。
今日は、ちょっとテンション上がる予定・・・だったのに、
冷蔵庫の扉を開けて、片付けていて・・・・
頭を扉に思いっきり、ぶつけてしまい、
ドアポケットのツメが折れて割れて、
牛乳やらジュースが床に落下。
ドアも、しっくり閉まらない・・・(泣)
すっごく痛かったのと、
新しい冷蔵庫なのに、ドアポケットは割れてしまうし、
ドアの閉まりは悪いしで・・・・もう、涙が止まらなくなりました。。。
シクシク・・・・うえ~ん。。。。
びえ~・・・え~んえ~ん。。。。
カレは、連休明けたら、修理の依頼出すからだいじょぶだよって言うけど、
そうじゃなくて。。。。
なんていったら良いのか判らないけど、
情けないやら、悲しいやらで、
涙がポロポロ。。。。
見えない、見えない・・・見えない!!
も~っ・・・・情けない・・・(涙)

今日は、いいお天気です♪
こんな日は、お仕事、放り投げて、
ドライブにでも行きたいな〜
昔は、
運転大好きで、愛車は、赤のハチロク、トレノ。
夜中の湘南ドライブが大好きでした。
嫌なことや、反対にルンルンな出来事があった時、
隣に男子乗っけてたり、
ひとりだったり…。
夜中に逗子まで、走らせたものです。
でも、運転は、三年前に事故を起こして以来、
止めました。
残念だけど、今は、助手席専門です。
時々、カレのブレーキングにちょっと違う…と思ったりするけど。(ゴメン)
でも、やっぱり助手席でも、横から入って来るものが見えず、怖く感じることがあります。
やっぱり見えていないんだ…と思う瞬間です。
事故を起こしたのは、この結婚をする前。
カレのアパートからの帰り道。
夜中の出来事でした。
交差点の右折事、横断歩道を走行中の自転車の前輪を引っ掛けてしまいました。
見えていない部分を知ってるから、交差点は、ゆっくり何度も確認して進んだのに…。
見えなかった…。
見てたのに、確認したのに、突然、目の前に自転車が現れて。
スピードが出ていなかったのが幸いでした。
相手に大きな怪我はありませんでした。
あたしは、車から飛び降りて、転倒した相手の様子を確認し、警察に通報、カレにも連絡しました。
カレはそこまで車ですぐに駆け付けてくれて、
あたしの代わりにり色々な手配をしてくれました。
被害者の人を、念のため病院に連れていってくれて、その後、事情聴取のため、警察まで送ってきてくれました。
あたしひとりだったら、どこまで出来ただろうか…
一番申し訳なかったと思うのは、
相手の方も、夜中なのに、警察署に出向いていただいて、事情聴取を受けて、警察官から根掘り葉掘り、色々なことを聞かれていたことです。
歩行者ではなく、自転車だったから、軽車両扱いなので、事情聴取もお互いから、同じように話しを聞かれるのです。
車が来ていることを確認しなかったのかとか、どの位スピードを出していたのか、ライトは点けていたのかなど。
あたしの視野欠損が起こした事故なのに…。
そういうことまで、考えつかずに運転していた自分が情けなかったのと、相手の方に、申し訳ない気持ちから、
それ以降、一度もハンドルは握っていません。
お天気の良い、さわやかな季節になると、
『あ〜運転できたらなぁ』と思います。
日常生活でも、お買い物には、不便だし…。
でも、今は、助手席があたしの場所。
運転に関しては、のんびり御隠居さんです。
ポカポカした暖かい日は、助手席で、うっかりうとうとしてしまうことがあります。
運転手さんゴメンね…。
なんせ、あたし…
ネコ体質なんだもん。

久しぶりに、
譜面を引っ張りだし、
電子ピアノで弾いてみました。
でも…
指が動かないのは仕方がないにしても…
譜面が、目で追えない…。
複雑な曲になればなる程、
和音が多くなればなる程、
目が一カ所にしか反応出来ないから、右手の旋律を追いかけると、左手の和音がとれない…。
正直、驚きました。
視野が狭くなるって、こういうことにも影響するんだ…
例え暗譜しても、今度は、指と鍵盤の確認も音がとんでいるところはかなり厳しいんですね…
Jazzは、アドリブだけど、曲を暗譜するまでは、譜面を使います。
結論は、もし、これから音楽を続けるとしたら、
譜面は暗譜して、
手元も、身体にしっかり覚え込ませないと、
厳しいということ…。
そういうことなんだ。
改めて、出来なくなりつつあるものを発見したのでした。
目で見る情報と、耳で聞く判断力。
本当に、見えるって、スゴイですね!
最近のあたしは、音で判断して歩いています。
後ろからくる人や自転車。見ずに、音で判断していて、聴力は、研ぎ澄まされてきている感じがしていました。
ピアノは、
努力で、カバー出来ることのひとつではありますが、
頭が柔らかいうちに色々しておかねば!!
そういう発見が出来たことを、
これからの学習の楽しみに変換すれば、
良いだけのことです♪
ポジティブに行きますょ!!
出来ないと諦める前に、出来ることを残存できるように学習しよう!!っと。
どうしても無理なことは、サクサク諦めるのも肝心。
次のステップに、進めば良いだけのこと。

あんぱんさんのブログのワンコがあんまりにもかわいらしかったので、ワンコです…。
この子は、盲導犬です。
先日、表参道ヒルズにお買い物に行った時、ライオンズクラブの方々が、盲導犬育成の為の募金活動をされていて、写真を撮らせていただきました。
もちろん募金も、少し。
ハーネスを外してお仕事は、お休み中。
温かい日でしたが、ワンちゃんにとっては、少々暑かったのではないでしょうか。
『ご苦労様。ありがとう』
あたしも、盲導犬の申請を何れしてみたいと思っています。
色々条件はありますが、
生涯の友として、歩みたいです。
本当は、パピーウォーカーになりたいのですが、お別れする時期が、1番かわいい時期なのと、昼間、留守にしてしまうので、今は難しいです。
昼間いなくてもOKな生き物、わが家には、グッピーと、アカハライモリと、アカミミカメがいます。
イモちゃんとカメキチとは、もう6〜7年のお付き合いになります。
以前、ベルツノガエルも飼っていました。
今、飼ってみたいのは、カメレオン。
飼ってみると、みんなとても、かわいいですょ!
あたしの実家には、二匹のワンコと一匹のニャンコがいます。この子たちは、トリマーの妹が、ペットショップで繁殖犬だった子を、引き取り手がないので、連れて帰ってきた子たちです。
余生を、穏やかに過ごせるといいな…。
と思っています。

私は、普段、
健診や、人間ドックに関する仕事をしています。
この仕事で、大事だと感じているのは、問診のテクニック。
事前に、患者様には、問診票を記載していただきますが、過去の事で忘れてしまって書いていないものや、ご本人にとっては些細ことで、書かなくていいと思っていたことなどがあり、これを引き出すことは私たちの仕事の上で、とても大切なことになります。
一回の健診は、とても短い時間の中で、結果を出すこととなるので、情報収集がしっかり出来て、初めて健診のデータがいかせます。
最近では、視覚や、聴覚障害のある方の受診率が上がってきていますので、
医療側の情報提供をいかに解りやすく説明できるか、
診察前の問診時に、私たちが患者様の情報をいかに引き出すことが出来るかで、大きな違いがあることに気付きました。
それは、私自身の20年間の経験と、障害が気付かせてくれた大きな収穫かも知れません。
障害のある方々が、院内をスムーズに回ることが出来るかどうか、また、わかりにくいところは、どうすれば改善できるのかは、工夫すればいくらでも解決出来るはずです。
ただ、そのことに気付くことが出来るまでには、経験や知識、それと、気配りが必要なのです。
私たちの仕事は、奉仕の精神が原点となります。
私は、この気持ちを忘れずにいたいと思っています。
この職場を引退する前に、
私が気付いたことを、少しでも形に残していける様に、暇を見付けては、製作活動しています。
そのひとつが、この画像の『聴覚障害のある方用の問診&説明用紙』です。
本当は、視覚障害者用の点字の問診票を作成したいのですが、まだ、作れずにいます。
点字用のテプラがあれば、簡単なんだけどな…
今日は、一日とても忙しく、残業でした。
疲労困憊しきってしまいました…
あの時の不思議な再会から、三年が経ちました。
アッコさんは、
この世の中に、もう…いません。
大腸ガンの再発と、あちこちのメタ(転移)で、
腹水が溜まり、最期にあたしの病院に転院したい…
と連絡をもらったのは去年の3月のこと。
それから、あたしが以前いた外科に入院。
毎日あたしのいる部所に車椅子で顔を出してくれました。
最期の一ヶ月は、それも厳しくなり、
あたしが病室を訪れる毎日になりました。
アッコさんは、とても頑張っていました。
お子さんたちを立派に育て上げるまでは、専業主婦。
50歳を過ぎて、介護士の勉強をし、仕事を始めたのです。
ご主人の仕事は、永年、あたしのカレと同様、
ものが出来上がるまでは、3日間徹夜は当たり前。
月の半分以上は、日本中飛び回り、
ふたりの時間がやっと持てる矢先の出来事でした。
昨年9月、64歳でアッコさんは旅立ちました。
最期の日、病室を覗いた時、
ひとりでベットで傾眠状態でいたアッコさんに、
声をかけず、あたしは、そっと立ち去りました。
心の中で
アッコさん、もう、これ以上頑張らなくていいからね…とつぶやきました。
それから、涙が止まりませんでした。
アッコさんは、あたしの病気を知っていて、
いつも、心配していて下さいました。
本当に、理想的なご夫婦です。
あたしの人生のお手本です。
恥ずかしくない、誠実な生き方がしたいと思います。
アッコさんとの出会いには、偶然ではない不思議なものを感じます。
あたしとカレが出会ったのも、運命なのだと思います。
人の出会いには、必ず大きな意味があって、
みんな、どこかで繋がっているんだと思います。
今まで生きてきた中で、こういう出会いが、
たくさんありました。
あたしはひとりじゃない…。
だから、あたしは今、こうやって温かい生活を送ることが出来ます。
だんだん見えなくなってきましたが、
周りのみんなに支えられ生きています。
そして、こんなあたしでも、必要としてくれるひとがいます。
だから、どんなに辛くても、それなりに、その時なりに、
精一杯生きていたいと思います。
長くなりましたが、これで、おしまいです。
明日から、
またがんばります!!
最後まで読んで下さった方々へ。
長い文章、読んで下さって、ありがとうございました。
これからまた、落ち込んだりすることがあると思います。
こんなあたしですが、もう少し、がんばります。
きっと、あなたの周りにも、
ステキな出会いがあるはずです。
ひとりじゃない!
だから、生きていけるのです。
ここでの、出逢いもきっと・・・。
どうか、これからもよろしくお願いいたします。
もも。
あたしは、三年前、再婚しました。
カレは、大手企業で、システムの設計・開発の仕事をしています。
結婚して間もなく、
カレが、『入社以来、職場でお世話になっている上司が、
お祝いしたいから、家に遊びに来ないかと誘ってくれてるんだけど、
ももさん、行くのイヤかな?』と。
いまどき、そうやって自宅に誘って下さる上司がいるなんて、
幸せなことだと思いました。
あたしは、お宅に伺うことに緊張はするけれど、
むしろ嬉しくもあり、
カレには、
『上司に恵まれた環境で仕事が出来ることは、幸せだよね』
と話し、ふたりで伺うことを快諾しました。
週末が来て、
いよいよ訪問です。
移動中に、
カレから、その方に教え込まれた仕事について、
色々話してもらいましたが、あたしにはシステムの研究開発のことなんて、ちんぷんかんぷん。
ただ、その方の人柄や、カレがどれだけ手塩にかけて育てていただいたかは、よくわかりました。
お宅の最寄り駅まで迎えにきて下さった上司。
温厚で、とても腰の低い方。
永年、大手企業で研究の仕事に活躍されている方なのに、
とても気さくで、あたしは少しホッとし、
緊張もやや解れた頃、お宅に到着しました。
奥様が、玄関先まで出ていらして、
『いらっしゃい。』
『はじめまして。お招きいただきまして……』で、あたしが頭を上げたその時。
奥様とあたし。
一瞬、言葉を失い、ただただ目を真ん丸にし、次の瞬間!
お互いに『アッコさん!!』『ももちゃん!!』
きゃーっ!!こんなことってあるの??
10年以上カレの上司をしている方の奥様が、アッコさんでした。
玄関先で、きゃーきゃー騒いでいるあたしたちに、
もっと目を真ん丸にしているのは夫たち。
あたしの緊張感は、すっかり解れ、
これまでのこと、あたしが、離婚し、再婚に至るまでの話し。
カレとの出会いについて、遅くまで、話しこんでしまいました。
こんなことってあるんだ…
カレの会社、今いる場所には数千人の従業員がいます。
そんな中のひとりです。
あたしとアッコさんが勤めていた老人介護施設は、
そこから、移動するのに、1時間は離れた場所。
あたしは当時、別の人と結婚していて、
今のカレとは、全く接点がありません。
でも、その時すでに、カレは
アッコさんのご主人の下で仕事を教わっていたんです…。
離婚した時、
前の夫から、理不尽な財産請求をされ、ボロボロになっていたあたし。
カレと出会って再婚し、
あたしは、海の底から、明るい光の下に引っ張り出され、
本当に救われました。
そんな中での、アッコさんとの再会。
単なる偶然なんでしょうか…
そんな偶然って…。
忘れずにいたいことを、書き留めておこうかと思います。
長い話になりますが、人と人との出逢いについて、
あたしが、今、とても大切にしていたい想いなので、
ひとつひとつ、書いてみました。
この、想いを忘れずにいれば、きっと、見えなくなっても
乗り切れる・・・
そう思います。
偶然の出会いや、会うべくして会った人…
色々な出会いがありますが、みんなどこかで繋がっていて、
『不思議な縁』で、全く別のシーンで再会を果たしたりすることが、あります。
アッコさんとは、そういう不思議な縁で、出会い、再会しました。
7年前、あたしは、RPと診断され一度病院を退職。
その後、ケアマネージメントの勉強をするために、
老人介護施設に一年間、期間限定で就職しました。
アッコさんは、その施設で働く介護士さんです。
年齢は、あたしの母親と同年代。
大腸ガンのオペ後でしたが、ちっちゃい体で、いつもニコニコお仕事をしていて、
スタッフみんなのお母さん的存在でした。
その職場では、介護士さんが多い中、看護師はあたしひとり。
アッコさんの術後の相談にものっていたりして、
色々な話しをお聞きしていました。
あたしが行きづまって悩んでいるとき、
必ず声をかけてくれるのもアッコさんでした。
そして、あたしは、一年でその施設を退職し、
今の病院に再就職しましたが、時々、その施設の数人で集まっては
お食事をしていました。
次第にあたしの、今の仕事が忙しくなり、
会う機会が薄れていた、三年前。
不思議な縁で、思いもよらぬ再会を果たます。

用事が出来て、出身高校に行ってきました。
卒業以来、20数年ぶりです。(年がバレますっ汗)
懐かしい道のり。
駅前の商店街の雑多は、変わりませんが、お店は様変わり。
登下校時によく立ち寄ったカフェは、美容院に変わり、同級生の実家の喫茶店も、見当たりませんでした。
校門の真ん前には、バス停があって、『成城学園前行き』のバスが行きかっています。
このバスに乗って、通学し、バイトに行き、彼の家に通う生活。
もう、20年以上経つんだ…
そう考えると、時間が解決する事ってあるんだなと思いました。
ちゃんと、年々歳を重ね、苦しみも哀しみも、薄らいで、大人になりました。
これからは、光が薄らいでいくだろう中で、笑顔がステキなひとになりたいです。
偶然なのですが、
あたしの職場と、カレの職場は、とても近いので、
朝は一緒に、通勤します。
カレの職場は、フレックスなので、午前10時半までに
出社すれば良いのですが、あたしは、8時までには出勤。
中央線の通勤ラッシュ時に、あたしひとりは危ないので、
出張ではない朝は、カレが職場の玄関前まで、車で送ってくれます。
でも、帰りはそうもいきません。
あたしは、今はほぼ、定時に上がれるので、
ひとりで中央線に乗ります。
最近、車両が新しくなり、キレイになりましたが、
時々、まだ、古い車両が来ます。
新しい車両の感覚に慣れていたので、古い車両のホームと電車の間隔、
微妙に違うことを意識していませんでした。
電車から降りる時、うっかり携帯を見たまま、降りようと・・・
ホームと、車両の間に、危うく落ちそうになり、跳んでしまいました・・・。
普段、そんな事、しないのに・・・。
落ちなかったのは、幸いですが、自分の怪我なんかより、
ヒトを巻き込んでしまったりするのは、大変な過ち。
何も起こらず、ホッとしましたが
今、かなり凹んでます・・・。

あたしは、折りたたみ式の白杖を持っています。
でも…今は使っていません。
RPであることが判って、比較的早い時期に、夜道をひとりで歩く時、
他人に迷惑をかけてしまわないように購入しました。
ひとりで飲んでの帰り道。夜遅いと言っても、都内の繁華街は明るく、ライトも必要ありませんが、とにかく人…。
人が多いので、ぶつかってしまうと、迷惑かけてしまうし、怒られるのは、苦手だし。。。何より、相手に怪我を負わせてしまったらと思うと不安でした。
そんな時、白杖は、登場する予定でした。
少し前の夏。
いつもの様に、一人でBarで飲み、当時付き合ってた元カレのお迎えの車を待っていた時、大通りに出て、人にぶつかるのが恐いと思い、バックから白杖を取り出し手に持っていました。
どーなったかと言うと…
見ず知らずの若いおにいさんに、後ろからいきなり腕をギュッと、つかまれ、『おねえさ〜ん、ボクがいいとこ連れてってあげるよ』と、軽いノリ。腕を引っ張られ連れ去る勢い。
そこへ元カレ登場。
『もも、何してるの?!お前誰?』
ホントに、いいタイミング!
もう少しで、さらわれるとこでした。
その後、元カレには、お前にスキがあるからだと散々、怒られ…
ひとりでの夜の外出禁止令(*_*)
この話しをすると、あたしの行動に問題があると思われるし、相当スキがあるようで、
あまり話さなかったのですが、とあるドラマで、白杖を振り回して男を追い払おうとするシーンなんかを観てしまうと、人事ではないな…と、思ってしまいます。
そんな訳で、
今のところ、行動パターンを変えるつもりはないあたしは、白杖を封印しています。
昼間ならそんなことは起こらないと思います。
今の仕事をしてるうちは、どちらにしても、持てませんが、
世の中には、そんな事もあったり…
親切な方も、もちろん大勢いらっしゃいます。。。でも、
この出来事は、微妙です。
そんな場所に行かなければいいだけの話なのですが・・・。
網膜色素変性症。
これは、30歳を過ぎてから判った病気。
30過ぎまでは、遺伝するかも…とか、仕事をどうするかとか、そういうことを悩まずに、好き勝手に好きな事を自分で選択出来たから、ある意味幸せな生き方だったかも。
もし、もっと若い頃に判明していたら、あたしは今の仕事は選ばなかったし、若いうちに結婚もしなかったかも知れないし。
あたしは、18の時、生死にかかわる病を患い、厳しくて辛い闘病生活を送りました。
その頃、あたしはすでに家を出ていたので、そのことをあたしの両親は知りません。
当時付き合っていたカレが、あたしを支えてくれました。
辛い治療でした。髪は抜けて、あらゆる所から出血し、輸血も大量にして。
本当に辛くて厳しい治療だったけど、あたしに生きて欲しいと支えてくれるヒトがいて、カレの存在はとても大きくて、何よりも、カレの側にいたい、生きていたいと思うことができて、頑張れたし、ヒトを思いやる気持ちを持つことができました。
やがて、完全寛解という状態になり、病状が安定し、何とか普通の生活が出来るまでに回復し、その間ずっと考えていた看護学校に入学しました。
カレに頼りっぱなしだった生活から、自分の力で生きていく道を選択して…。
そして…
33の時、この病気が再燃し始め、輸血を繰り返し何とか又、寛解の状態を保ち、生きています。
でも、今度は、膠原病…。SLEという病気の疑いで今、大学病院に通院し始めました。
あたしは、今まで、やりたいと思ったことは思う通り本能のまま行動してきたし、我慢もあまりしないで、わがまま放題してきました。恋愛にはそれが1番出てしまいます。
今、体調があまりいい状態ではありません。
2回目の結婚をしてからも、入退院の繰り返し…。
それでも、あなたは、あたしが笑顔でいられたらそれで幸せだと言う。
本当にこんなあたしで、いいのかな…。

網膜色素変性症のあたしは、光りがとても眩しく感じるので、お天気の良い日の外出には、遮光レンズの入った眼鏡が手放せません。
考えてみると、子供の頃から思い当たる節がありました。
お天気の良い日の運動会や、遠足の後、眼の奥と頭が痛くなって、吐き気に襲われて、よく寝込んでました。
この病気と診断されて、遮光眼鏡を作ってから、その痛みから大分解放され、外出出来るようになり、助かっています。
ただ、以前書いたように、少しでも暗いところは、色なしの眼鏡に架け替えないと見えにくいので(*_*)とても面倒。まっ!頭が痛くて吐いてしまうよりはマシ(^O^)ですょね!
そこで、みなさんに質問なのですが…
主治医の先生に、『光りが、病気を進行させるから、光を避けるようにしなさい。眼を守る為に、遮光眼鏡をかけなさい。』と今でも言われてる方、いらっしゃいますか?
私が、7年前に受けた説明はこうでした。
ところが後になって、ある波長の光は健康な人の眼にも有害だけど、遮光してもしなくても、進行にはあまり変化がない…というアメリカでの実験と発表があったことを今の主治医の先生に教えていただき、精神的に、とても楽になったのを覚えています。
それまで、光が怖くて怖くて、夜寝る時も、真っ暗にして寝たし、ダイスキな海にも行かなくなった。
遮光眼鏡も以前の主治医からは、フレームの太いもの、特に横からも光が入り込まない位、横幅の広いかわいくないものを勧められ
すごーくブルーになったものでした。
今は、眩しさが辛くなければ、遮光眼鏡はかけないし、いくら勧められても、自分のお気に入りじゃないフレームは使いません。
未だにそういう事を説明してくれない眼科医がいるのは、とても残念ですが、
循環器の内科の医師に、リウマチの事を聞いて、パーフェクトに答えられないのと一緒で、
角膜専門の眼科医に網膜の専門的な事を聞いても、正しいことがパーフェクトに教えてもらえるわけじゃない。
でも…だからと言って、網膜専門でも、すごーく淡々と病状を説明し、こちらが精神的に参っていても、精神的なフォローは全くなしで、それは医者の仕事ではないと言い切ってしまう医師に、ずっとかからなければいけない苦痛を考えれば、眼のパーツひとつだけを見ている医師より、人として、何かを一緒に感じてくれる主治医と巡り逢えたほうが、よっぽどラッキーではないか…と思ってしまいます。
あたしの主治医の先生は、そういう点で、両方を兼ね備えているお医者さまです。
でも、先生は、あたしの眼がダメになる前に病院からリタイアしてしまいました。
しばらくは、追っかけをしますが、ホント、どーしようかと最近思っています。
ちなみに、今の遮光眼鏡は、オレンジ系のレンズがGUCCI、グリーン系は、松雪泰子さんモデルのフレームです。
続きです。。。
私は、遺伝パターンでいうと、孤発に近いと思います。すごく遠い親戚に、ひとりRP患者がいました。が、血縁が薄いので、その人も孤発かも知れないし、はっきりさせる為には、遺伝子診断するしかありません。
孤発が増えてきた理由として、コメントくださったあんばんさんのお話のように、親戚付き合いの希薄さで情報が入って来ないというのもありますが、実は親戚の中には保因者がいるんだけど、発症していないので、わかないというパターン、それから、近親結婚が以前よりかなり減ってきたというような様々な理由が上げられるようです。
治療法の確立については、万能細胞を使ったり、遺伝子操作をして、治療できるようになったとしても、それが倫理的な問題に発展するので、一般に浸透するまでにはまだまだ時間がかかります。
遺伝子が関係している以上、それを人為的に操作して、次世代やその先どの世代に、どんな影響を与えていくかの安全性の保証ができるまでには、かなりの時間が必要です。研究は進んできたものの、そこをクリアするのが難しいのが現状です。20年…というのはあくまでも私の経験値ですが、京大の研究チームの先生も同じようなことを言っておられました。
では、私たちはどうすればいいのか…ということですが、治療については次世代(子供たち)に期待をかけつつ、QOLの向上とか維持という点に力を注ぐというのが、私なりに出した答えです。
要するに、見えにくい状態ではあるものの、補助具を使えは、生活の工夫で、不便ではあるけれど、ある程度快適に過ごすことができる!そうすれば、ストレスは減りますよね!
例えば、それが白杖だったり、遮光眼鏡だったり、黒いお茶碗だったりです。
白いご飯をいただくのにお茶碗が白ければ、ご飯が見えにくい。黒いお茶碗にすれば、かなりはっきり見えたりしますよね。PCの白黒反転もそうです。
困ったことが出てきた時にそういう事を指導してくれるところを教えて下さる主治医の先生がいれば、いいなぁと思います。
眼科さんとは、長いお付き合いになりますから。ORT(視能訓練士)さんや、ソーシャルワーカーさんともいい出会いがあればいいですね。
以上は、私のあくまでも個人的な考えです。
みなさんの中で、これは便利!!というものがあったら、是非、教えて下さいね♪♪
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今日はちょっと、真面目な話。
まず病態から・・・
私の病気、網膜色素変性症は、原発性、びまん性に網膜視細胞と色素上皮の機能が障害される、進行性で遺伝性の疾患群です。
成因については全く不明.
近年やっと、疾病を引き起こす原因遺伝子が部分的に判明してきました。
常染色体優性遺伝で2つ、常染色体劣性遺伝で5つ、X連鎖性で1つ、このほか、
遺伝子自体は不明ですが、数個の遺伝子座が判明しています。
主な症状・・・
特徴的には、夜盲、視野狭窄、視力低下。あと、羞明(眩しさ)。
患者の役50%は20歳までに眼の異常に気付きますが、50歳以降で気付く人もいて、
症状の発現年齢には個人差が大きいようです。
視力。
定型例では、比較的遅くまで保たれています。視野狭窄が進行すると、視力は徐々に低下します。
見え方の良い日と悪い日の波があり、視力測定値は常に下降するのではなく、
動揺しながらゆっくりと進行します。
治療。
今までの治療法は、対症療法であり、アダプチノールの内服や、ビタミンA、ビタミンB財が投与されていますが、進行阻止に有効な、治療はみつかっていません。
遮光眼鏡は羞明に対して使われますが、進行の予防効果は不明です。
遺伝子治療については、生後分裂増殖しない視細胞のところまで必要とする治療遺伝子を運んで、核内の染色体の正しい位置に挿入し、安定して発現させるベクターの開発が必要で、そうとうな、基礎研究が必要です。
遺伝形式。
最近の定型例の調査では、孤発が56%と孤発例が増加しています。
常染色体劣性が25%、常染色体優性が17%、X連鎖が2%であり、X連鎖が少ないほかは、欧米諸国と類似しています。
お疲れ様ですf^_^;最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
あんまり楽しい話しではなかったですね。。。
先日、再生医療の講演を聞いてきました。 万能細胞の研究がかなり 、進んでいます。遺伝子の研究も。 ただ、まだまだ基礎の段階で、私たちの子供世代で、やっと確立されるのでは…という段階です。あと、20年…は、かかりそうな印象です。| 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0)
昨日は東京にやっと雪が降りました♪
凍って滑るのはイヤだけど、降ってる間はちょっとワクワク((o(^-^)o))
雪は積もりませんでした。今日はいいお天気♪♪
でも、眩しい…
網膜色素変性症のあたしは、人一倍、眩しさを感じます。サングラスなしでは外を歩けません。けれど…このサングラスをしていて困るのは、外出先のトイレです。暗いのです。
この病気は、暗いところが見えにくいので、トイレの手前で、眼鏡を架け替えます。結構、手間がかかるので、そのまま入ってしまうと、前で待っている人にぶつかってしまうことがしばしば(*_*)
眩しいのもキツイし、暗いのもダメ…メンドーな病だなぁ〜ホント。それから、ついでに。老眼になるのも早いらしいです(^0_0^)
でも、まだ何とか仕事ができて、一人で飲みに行ける!くじけてちゃ時間がもったいないよねo(^-^)o
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あたしの病気。
はじめてこの病名を知ったのは、皮肉にも、眼科に配属になった時。
あたしは、小さい頃から看護師になりたくて、ずっと働きながら看護学校に通い、仕事にも自信がついて、生活も安定、仕事も恋も何もかも順調。お気楽なあたしの頃でした。
眼科の診察室は、暗幕の中です。暗闇で仕事をしていて、足元のゴミ箱をしょっちゅう蹴飛ばし、おっちょこちょいのあたしは、小さい頃からそんなことは日常茶飯事。特に気にも留めませんでした。
でもある日、若い女の子が、診察にやってきて、問診をとっていて気づいてしまったのです。
あたし・・・・もしかして、この子と同じ。同じ病気だ・・・と。
しばらく、誰にもこの事話せませんでした。
だって、この病気、進行性で、治療法もなく、徐々に視野が狭くなり、、いつか必ず・・・失明する。
気付いてからしばらくして、一大決心。
あたしは、自分の勤務している病院から少し離れたところの眼科にひとりで行って、病名を告げられます。『間違いありません。あなたの病気は網膜色素変性症です。』・・・と。
それからのことは、あまりにもたくさんのことがあり、うまく話せません。
ただ、今でも鮮明に覚えている言葉、その先生は、こう言いました。
『あなたは看護婦さんだから、単刀直入に話しますが、あなたはいつか必ず失明します。光は全てダメです。太陽も蛍光灯も、全ての光があなたの目を悪化させます。寝室の小さな電球も消して寝なさい。』・・・と。
それからのあたしは、怖くて怖くて、暗くて見えないのに、真っ暗のなかで、電気も点けず何日も過ごしました。
怖くて怖くて。
今はそれが、必ずしも正しい情報ではないことがわかり、電気は点けられるようになりました。
そして今は、その頃からすさんでいた生活にさよならして、ちょっとだけポジティブ生活です。
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